第5話『夏の日、休日のサバイバル』


「渚よ」

「・・・なんですか?」

「電車で席に座ってるときにだな。こう、とてつもなく困ることってあるだろう?」

「・・・はあ」

「例えばお腹が出た女性が目の前に立ったときだ! どうだ、考えただけでも身震いがするだろう?」

「・・・」

「あからさまに肥満な女性とあからさまに妊婦な女性はいい。何も問題は無い。妊婦の女性には素直に席を譲れば済むし、肥満の女性には慈母のごとき眼差しを向ければ、それで済むからな!」

「・・・」

「だが恐ろしいのは肥満なのか妊娠なのかが一目見ただけでは絶妙に微妙な女性だ! ただの肥満ならば席を譲るのは失礼にしかならんが、かといって妊婦ならば席を譲らないわけにもいかん!」

「・・・先輩」

「そんなことを思うにつれ、俺は妊婦か肥満かを一目で見分けられる超能力がこの身に身に付きはしないかと、願うのだよ」

「・・・その話が、今の状況と何の関係があるんですか?」

「何も関係は無い!」

「・・・」

 閑散とした山小屋の室内に、カオル先輩の自信満々な笑い声が響いた。

 今の状況。寂れた山小屋にカオル先輩と二人っきり。

 外は、夜の帳が下りている。耳を澄ませば、虫たちの鳴き声も聞こえる。

 意気揚々と出かけた夏休みの合宿。その一日目。

 予定では、山登りして、中腹辺りにあるキャンプ場でキャンプして自然を満喫。

 間違っても、途中で登山道を外れた上に勘で頂上を目指し、わけもわからず進む内に仲間とはぐれ、あげく遭難するなんてことは予定にない。そんな予定じゃない。

 でも、今の状況は正にそれ。

 真紀先輩、香奈先輩、祐介、明美先生の4人とはぐれた俺とカオル先輩は、それでも山間を歩き回り、日も傾きかけた時に偶然見つけた山小屋に入り、今に至る。

 もうずいぶん昔に廃棄されたのであろうボロボロの山小屋は、人が来る気配なんて一切無い。

 つまりは、完全に孤立し、自力で道を切り開かない限りは助かる見込みも薄い状況だ。

 はぐれた4人が運良く下山して捜索願でも出してくれてるなら話は別だけど、状況から考えて4人が無事に下山してる可能性は低い。

 それどころか、最悪の場合、今もなお山の中を歩き回ってる可能性もある。

 それというのも、これというのも。

「いいか渚! こういう状況では食料の確保が最優先事項だ! 罠を作るぞ罠! 持って来た食材に手をつけるのは野生の動物に敗北してからだ!」

 落胆する俺の横で、心の底から楽しげに、芯の硬そうな草を選んでは編んで即席の罠を作ってるカオル先輩が、あの時―――、

「こっちが近道だ!」

 ―――とかいって、いきなり登山道を外れるような真似をしたからだ。

 仕方なく後に続いた俺たちだったが、1時間と持たずにバラバラになり、最終的にカオル先輩の傍に残ったのは、俺だけだった。

 そのカオル先輩にしたって、2,3時間は歩いたかと思ったら、突然―――

「迷った! 道はどこだ!」

 ―――と、豪快に叫ぶ始末だ。

 道に迷ってるのは、あなたの頭の中です。

 言ってやりたい。凄く言ってやりたい。そしてついでに一発くらい殴ってやりたい。

 だがしかし、今のこの状況。

 いかにもサバイバル慣れしてる先輩と事を荒立てるのは、愚行中の愚行だ。

 そう思って、必死に堪える俺なのだった、マル

「ほれ! 何をしている。早くお前も罠を作れ。そんなことでは飯抜きだぞ!」

「・・・」

 そんなことを言われても。

 ここまでの16年間の人生で、山の中で即席の罠を作る機会に見舞われたことなんて無い。今回が初めてだ。

 当然、罠の作り方なんて知っているわけもない。

「この本を貸してやる。ここに書いてある通りにやれば誰でも出来る!」

 そう言って、カオル先輩が俺に投げて寄越した本のタイトルは、『山の遭難で役立つ100の知識』。

 ・・・。

 ここまで用意周到だと、今のこの事態は先輩がわざと引き起こしたんじゃないかと思えてくる。

 1ページ目にいきなり『廃棄された山小屋で一晩明かす方法(夏)』があるあたり、俺の疑惑は濃くなる一方だ。

「よーし! 出来たか!? ならば貸せ! 動物たちの通り道に設置してきてやろう!」

 返事をする間もなく、部屋の隅に生えてた草で作った罠をひったくられた。

 そしてそのまま、止める間もなく山小屋を飛び出していくカオル先輩。

 いくらカオル先輩でも夜の山を一人で歩き回るのは危険なのでは?・・・と、一瞬だけ考えたが、あの人なら大丈夫だろうと思い直す。

 だって、あの人自身が野生の動物じみてるし。

「さて・・・」

 ホーホー

 リィィィンリリィィィン

 外からは、絶え間なく生き物たちの声が聞こえる。

 そんな中、ボロボロの山小屋に一人きり。

 明かりは、キャンプ用品のランタン一つのみ。はっきりいって暗い。

 ・・・まずい、かなり怖い。

 ワオォォォォォォォォン!

 うわわ、この山野生の狼までいるのかよ。いや野犬か?

 どちらにせよ、武器も何も無い今の状況じゃ、襲われたら勝てる気がしない。

 まあ、幸い今の声はだいぶ遠くから聞こえてきたみたいだし、いきなり「はい、こんばんわ」っていうことには、ならないだろうけど・・・

 シャギャアアァァァァァァ!

「今の声何!?」

 おかしいって! 今の声絶対おかしいって! ていうか声かどうかも怪しいって!

 あんな音を素で出せる生物なんか会っただけで死亡確定だろ! 何が居るんだよ、この山!

 しかも、今の声ってさっきの狼より全然近くから聞こえてきたし。

 駄目だ。生きた心地がしない・・・。

 ああ、カオル先輩。早く帰ってきてください。

 もう、俺の心にカオル先輩に対する疑いだとか怒りなんてものは無い。

 誰でもいいから、とにかく誰かに近くに居て欲しい。

 この状況で一人ぼっちなんて、あと2時間と待たずに精神が駄目になる自信がある。

「ぬおわーーーーーー!!!!」

「カオル先輩!?」

 明らかに、何かがあった先輩の声。

 反射的にランタンを掴んで山小屋を飛び出す俺。

 だがしかし、山小屋の外、ランタンの光が届かないところは、ひたすらに漆黒の闇。

 カオル先輩の声がどこから聞こえてきたのかすら、わからない。

 とりあえずランタンを持って山小屋を飛び出したものの、俺の足はそこで止まってしまった。

 ・・・これはまさか、山小屋に俺一人ぼっち?

 いや、そんなこと考えてる場合じゃない。カオル先輩を助けに行かないと。

 でも、どうやって? というか、そもそもどこに?

「・・・勘弁してくれよ、もう」

 そういって、がっくりと肩を落とした、まさにその時、

「渚か?」

「うっわあああ!!!」

 予期せず真後ろから声を掛けられ、反射的に俺は大声を上げてしまった。

「うわっ! なんだよ、びっくりさせんな!」

「あ、ああ、な、なんだ、祐介か。そっちこそ脅かさないでくれよ」

 声の主は、俺の友人、本田祐介その人だった。

「渚くん? 一人なの?」

 祐介の後ろには、真紀先輩も居た。

「あ、良かった。真紀先輩も無事だったんですね」

「無事かどうかはまだわからないけどね。とりあえず会えて良かったわ。カオルとか香奈とは一緒じゃないの?」

「あ、さっきまではカオル先輩と一緒だったんですけど、動物用の罠を仕掛けに行くって飛び出して」

「あの馬鹿は・・・またそんな無駄なことに体力使って」

「で、しばらく待ってたら突然悲鳴が聞こえて、助けに行こうと思って飛び出したところに、ちょうど二人が」

「なるほどね。やっぱりさっきの叫び声はカオルのだったわけか。その様子じゃ香奈と明美ちゃんには会ってないよね?」

「はい」

「うーん、そっ・・・か。まあいいわ。二人は心配だけど、歩き回って疲れちゃったし中で休みましょ、祐介くん」

「ういっす」

「え、あ、あの、カオル先輩は?」

「放っといて良いわよ。殺したって死なないようなやつなんだから。心配するだけこっちが損よ?」

「そういうこったな」

 そう言い残し、さっさと山小屋に入っていく真紀先輩と祐介。

 いや、そりゃあ確かに俺もそうは思うけども。そんなにあっさりしてて良いんだろうか。

 真紀先輩にしたって、恋人のピンチかもしれないのに。何であんなに冷静なんだ?

 ・・・。

 俺は、カオル先輩の声が聞こえた(であろう)方向を見た。

 そこには、ひたすらに黒い闇が拡がっている。

 ・・・。

 いや、うん、確かに真紀先輩の言う通り心配するだけ損なのかもしれない。

 よくよく考えてみたら、カオル先輩はこの程度でどうにかなるほどヤワな人じゃないし。

 恋人だからこそ、その辺は良くわかってるのかもしれない。

 うん。きっとそうだ。そういうことにしておこう。

 夜の山の、恐ろしいまでに暗い闇の中に入って行きたくない俺は、サクッと思考を自己完結し、山小屋に入って行った二人を追うのであった。

 だって、しょうがないじゃん。

 カオル先輩のことは確かに心配だけど、だからといってこんな夜の山の中を探し回るなんて、無理だし。

「さて・・・と」

 小屋の中に入り、一息ついたところで、真紀先輩が口を開いた。

「どうしたものかしらね」

 自分のカバンの中身をガサゴソと探りながら、ため息混じりに真紀先輩が言う。

「うーん・・・これといって使えるものはないかあ」

 やがて、やはりため息混じりに真紀先輩が言った。

「渚。お前なんか食うもん持ってるか?」

「んー、飴で良ければ。いる?」

 そう答えつつ、カバンのポケットから飴玉を一つ取り出す。

「おー、くれくれ」

 祐介に向かって投げる。

「いやー、持ってきた食いもんは料理しねえと食えねえもんばっかだからよ。さっきからメシも食えずに歩き回って、もう、腹減っちまって大変だぜ」

「そりゃ災難」

 俺だってそうなんだが。

 でも俺の場合、早い段階で山小屋を見つけたおかげで大して歩き回らなかったせいか、そこまで腹は減ってない。

「そうねー。せめて鍋でもあれば良かったんだけど、調理器具はキャンプ場に備え付けのがあるから持って来ないで良いってことになってたもんね」

「そうっすよ。それがなきゃ、メシ炊けるくらいの道具一式は持ってきたんすけどねー」

 わりと危機的状況のはずなのに、二人からは溢れんばかりのほんわかムード。

 まあ、無駄にパニクったってしょうがないんだけど。

「さて、することもないし、もう寝ちゃいましょうか」

「そうですね。明るくならないことには、どうにもなりませんからね」

 真紀先輩の意見に、素直に賛成する俺。

「寝るのは良いけど、さすがに見張りが一人くらいいねーとヤバいんじゃないっすか? この辺り結構野生動物たくさん居るみたいだし」

 素直じゃない代わりに、的を得た意見を提案する祐介。

「んー? うーん、それもそうね。大丈夫だとは思うけど、誰か一人くらいは起きてたほうがいいかも」

「ああ、じゃ俺が起きますよ。二人は歩き回って疲れてるだろうけど、俺はそんなことないし」

「そう? じゃあお願いして良いかな?」

「はい」

「じゃー任せたぜ渚。眠くなったら起こせよな。そしたら代わってやっから」

「ん、了解」

 山小屋の奥のほうで寝袋に包まり、5分と待たずに寝息を立て始める二人。

 どうやら、俺が思うよりも、相当疲れていたみたいだ。

「さて、と」

 特にやることも無いし、どうしたものやら。

 まあ見張りなわけだし。眠くなるまで山小屋の入り口を見つめてジーっとしてれば、それでいいかな。

 ジー・・・。

 ・・・。

 うん、退屈だ。3秒で飽きた。

「駄目だ。眠くなってきた。このままじゃ確実に寝る」

 しょうがない。ランタンを持って山小屋の周辺を少し歩いてみよう。

 そうすれば怖さで目も覚めるはずだ。

 思い立ったが吉日。俺はランタンを持って山小屋の外に出た。

 もうこの時点で見張り役として何の役にも立ってない気がするが、まあ気のせいということにしておこう。

 とりあえず、暗すぎて手持ちランタンの光程度じゃ足元すらおぼろげにしか見えないし、あまり遠くまでは行かないで山小屋が見える距離を少し歩くことにしよう。

 山小屋が見えてれば、とりあえず安心だし。

 そう思って、すっかり油断して、勢い良く歩いた、その何歩目か。

「え?」

 その『何歩目か』が踏みしめるはずのそこには。

「わっ、ちょっ、うわ」

 地面なんてなかった。

「うわあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 手の届く距離にあったツタを掴むなどの必死の抵抗も虚しく、俺は暗い闇の底へと落ちていった。

 感覚としては、大型のプールなんかによくあるウォータースライダーなんかが近いかもしれない。

 その辺の公園の滑り台なんかとは違って、抵抗したところで強制的に滑り落とされていくような感じ。

 踏み外した足をそのまま突き出すような形で、俺は山の斜面をウォータースライダーよろしく滑り落ちていく。

 相当なスピードが出てて、木にでもぶつかればひとたまりもない状況なのに、意外と頭の中は冷静だ。

 そういえば、山小屋を見つけたときはとにかく中に入ることを優先して、周りなんか確認しなかったなあ、とか。

 何で明かりが照らされてない部分に足を踏み出すんだよ俺、とか。

 そもそも裏手が崖な山小屋って立地条件的にどうなのさ、とか。

 滑り落ちる時間の中で、俺はそんなことばかり考えていた。

 半ば、無事に済むことを諦めてるからかもしれない。

 そんな、やたらと長いような、それでいて実は一瞬のような滑り落ちる時間の終わりは、あっけなく訪れた。

 ズザーッ・・・

 滑り台よろしく、なだらかに傾斜を緩める山肌に沿って、俺の体は減速し始める。

 ・・・。

 気づけば、俺の体は、これといった怪我もないままピタリと静止していた。

「は、ははは・・・」

 無事だった喜びからか、それとも安心からか、俺は自然と笑いをこぼしていた。

 それはもう、乾いたものだったけど。

「よい・・・しょっと」

 とりあえず、体を起こす。

 幸い、長袖長ズボンな山登りスタイルだったおかげで、首筋を軽く擦り剥くくらいで済んでいた。

 これなら、歩き回るのに何の問題もない。

「とはいっても」

 踏み外したのに驚いてランタンはどこかに放り投げちゃったし。

 こんなどこかもわからない場所で明かりもないなんて、なす術が無いにも程がある。

「おーい。渚~? いるのか~?」

 と、そんな落胆した俺の前に唐突に現れる光と、その光に照らされたカオル先輩。

「カオル先輩!?」

「おお、やっぱりさっきの悲鳴はお前のだったか。さ、行くぞ」

 そういって、カオル先輩は待つ素振りも見せずに歩き出す。

「え? あ、あの、ちょっと、行くってどこへ?」

 俺は、慌ててカオル先輩の後を追った。

「あれだけ豪快に滑り落ちたんだ。怪我の一つくらいしてるだろう? 消毒しなければ膿んでしまうぞ?」

「い、いや、そうじゃなくて」

 『どこへ行くのか?』という俺の問いに対する、何の答えにもなってないカオル先輩の返答。

「そう心配するな。ほれ、すぐそこだ」

「え?」

 そう言って先輩が指差した先には、アウトドアのパンフレットで見るような、見慣れたキャンプ場が広がっていた。

 俺が落ちたところからは、何本かの木が邪魔になって見えなかっただけらしい。

 少し歩いただけで、こんな開けた空間が広がっていたなんて、全然気づかなかった。 

「あそこに二つあるテントが俺たちのテントだ」

 カオル先輩に誘われるままに辿り着いたテントには、香奈先輩と明美先生の姿があった。

「あー! なっぎさく~ん! 無事だったんだねー! 良かったー!」

 言うが早いか、俺に飛び掛って抱きついて来る香奈先輩。

「う、うわ、ちょっと香奈先輩」

 女の子にあまり免疫が無い上、突然の事故にあったばかりでまだ気持ちが落ち着いていない今の俺に、香奈先輩の出るとこ出てる体の感触は、刺激が強すぎる。

「あれ? あ、ごめんごめん。嬉しくって、つい」

 香奈先輩は、ゆっくり俺から体を離して、もう一度『ごめんね』と謝った。

「怪我は無いか? 渚くん」

 テントの奥から救急セットらしきものを持ってきた明美先生が、心配そうに俺に尋ねた。

「あ、はい。ちょっと首筋を擦り剥いたくらいで、これといったことは無いです」

「ふむ? ならばせめてその首筋だけでも消毒しておくとしようか。雑菌にでも入られたら事だからな」

 明美先生は、救急セットから手際よく脱脂綿と消毒液を取り出すと、脱脂綿に消毒液を染み込ませてピンセットで摘んだ。

「少し染みるかもしれんが、我慢しろよ」

 チョン、チョンと、軽く2,3回、俺の首筋の傷に消毒液が染みた脱脂綿が押し当てられる。

「うぁっツ」

「変な声を出すな」

「しょうがないじゃないですか」

 傷口に消毒液が染みる、この独特の感覚。痛みでも痒みでもない、変な感覚。

 そりゃ変な声も出るってもんだ。変な感覚なんだし。

「でもあの場所から下ってきただけでキャンプ場に辿り着くなんて、意外でしたね」

 俺は、傷口を消毒してくれた明美先生に礼を言ってから、カオル先輩に話を振った。

「まともに歩いて下るのは無理だがな」

「そうですね。意外と傾斜もきついみたいだし」

「俺もお前にこの事実を伝えるために、あそこまで登るルートを探してたんだが、暗くて見難い上にそもそも登山道からは外れた場所でな」

「まっすぐ登るのも無理ですもんね」

「ああ。登るルートを見つけられずにいたところに、お前が自ら降りてきたわけだ。お前のその勇気ある行動は賞賛に値するぞ!」

 単に足を踏み外しただけなんですが。

「これで残るは真紀と祐介だな」

「心配だね~」

「あ、そのことなら、上にある山小屋で会いましたよ、俺」

「何? それは本当か」

「ええ。カオル先輩の叫び声が聞こえた直後くらいに、二人が山小屋に現れまして」

「ふむ。それならば、ひとまずは安心・・・か?」

 誰かに問いかけるように、自分で自分に声をかける明美先生。

「うむ! 何も問題は無かろう! 祐介はともかく、真紀はこういった状況でウロウロ歩き回るようなやつではないし、俺たちの荷物が山小屋に残されている以上、戻ってくるのを大人しく待つ可能性は高い。だから、辺りが明るくなってきたらすぐに登れる道を探し、合流すれば良いわけだ!」

 なるほど。まあ、祐介だって、あの状況で辺りをウロウロするわけないし、確かにカオル先輩の言い分はもっともだ。

 ・・・ただ、心配なのは。

「きゃあああぁぁぁ!」

「おわあああぁぁぁ!」

 別にウロウロ歩き回らなくても、あの斜面に踏み出しちゃう可能性は高いわけで。

「ふむ。待つ手間が省けたな」

 早速、明かりを持って立ち上がるカオル先輩。

「俺も行きますよ」

 二人が俺と同じ下り方をしたなら大丈夫だろうけど、どこかに引っ掛けて足を怪我でもしてたら、カオル先輩一人じゃ荷が重いだろうし。

 俺は香奈先輩にランタンを借りて、カオル先輩の後に続いた。

「大丈夫? 祐介くん」

「平気っす。しっかし、こりゃ登るのは無理っすね」

「うーん。どうしたもんかなー」

「真紀せんぱ~い! 祐介ー!・・・っと、居た居た」

 中々見つからずに声を張り上げた矢先に、二人を見つけた。

「渚!?」

「渚くん!?」

「カオルせんぱ~い。居ましたよー」

 少し離れたところに居るカオル先輩に声をかけつつ、二人に近づく。

「ケガは? 見た感じ大丈夫そうだけど」

「う、うん。私は大丈夫」

「オレも。軽く手ぇ擦りむいたくらいだ」

「そっか。良かった」

「って、そんなことより、渚。お前なんでここに?」

「おお! 居たか! よし、行くぞ」

 遅れて二人の元に到着したカオル先輩は、二人の姿を確認するやいなや、颯爽と踵を返した。

「あ、カオル!・・・って、ちょっと待ちなさいよ!」

 すぐに、その後を真紀先輩が追う。

「どうなってんだ?」

「ちょっと歩いたところに、目的のキャンプ場。香奈先輩と明美先生は無事に到着して、予定通りキャンプ中」

 わかりやすいように、方角を指差しつつ、事実のみを簡潔に伝える。

「な~る。そーいうことか」

「荷物は上に置きっぱなし?」

「おお。当たり前だろ? お前の声で飛び起きて、何事かと小屋を出た矢先にこうなっちまったんだからよ」

「そりゃ悪かった。ま、結果オーライってことで」

「よく言うぜ」

 少し歩くと、すぐにキャンプ場が見えてきた。

 飛び跳ねて喜ぶ香奈先輩と、テントから救急道具を取り出す明美先生の姿が見える。

 うん。当初の予定とはだいぶ変わっちゃったけど。

 当初の予定通り、楽しくキャンプするとしますか。



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