第3話『初めての部活動』


 4月にしてはやけに気温の高い、月曜日の放課後。

 授業も終わり、多くの生徒が帰路に着く中―――。

「おっす、渚。部活行こうぜ」

「うん」

 俺は、わざわざ隣の教室から誘いに来た祐介と一緒に、部活に向かった。

「あ、お疲れ様。二人とも」

 部室には、真紀先輩だけが居て、椅子に座って本を読んでいた。

「ういーっす。他の面子はまだ来てないんすか?」

「うん。でも、カオルはホームルームが長引いてるだけだから、もう来ると思うけど」

 今日は、初めての活動日。

 事前に聞かされてる話によれば、校庭の片隅にある畑の整備などをやるらしい。

 肉体労働なので、人手が集まるまでは待機して、集まったら皆で作業を始めるという流れ。

 さしあたってやることもない俺と祐介は、手近な椅子に腰掛けて、残りの二人を待つことにした。

「真紀先輩って視力低いんですか?」

 手持ち無沙汰な時間を埋めるために、部屋に入ってきた時から感じていた違和感について、真紀先輩に尋ねてみた。

 初めて会ったときも、この前の歓迎会のときも裸眼だったのに、今はメガネをしている真紀先輩。

「え?・・・ああ、これ?」

 質問の意図するところに気付いたらしく、真紀先輩がメガネのフレームを指で少し押し上げた。

「ええ。この前は着けてなかったのに今日は着けてるから」

「うん。恥ずかしながら結構悪いんだよね。普段はコンタクトなんだけど、今日はちょっと、ね」

「?」

 語尾を濁す真紀先輩。

「何かあったんですか?」

「うーんと、私って、下に弟二人と妹が一人居る4人姉弟(きょうだい)の一番上なんだけどね。今日下の弟が私のコンタクトにイタズラしてくれちゃって」

「ふーん。ワルガキ?」

 いつの間にか会話に参加している祐介。

「んー、まあワルガキかなあ。別に人に迷惑掛けるような子じゃないけどね」

 いかにも『お姉さん』って感じの笑顔で、真紀先輩が言う。

「それで、使えるコンタクトが無くて、今日はメガネ着用ってわけ」

「なるほど」

 ガラッ! バン!

 その時、ちょうど会話が一段楽したところを見計らったかのように豪快にドアが横にスライドし、壁にぶつかる音が部室内に響いた。

「はろはろ~ん! お待たせ~」

 カオル先輩と香奈先輩。2分の1の確立で登場したのは、香奈先輩。

 どちらでもあり得る登場の仕方だったので、ドアが開くのと同時に声がしなかったら、どちらなのか直ぐにはわからなかったかもしれない。

「ちょっと香奈~。びっくりさせないでよ」

「あり? ごめんごめん。なんか話し声が聞こえたから、ここは一発派手に登場して驚かせてあげようかと思ってさー。でもびっくりしたんだったら、成功!って感じだね」

「はいはい。まったく、カオルじゃないんだから、馬鹿なことしないでよね」

「失礼なことを言うな、真紀。俺はあんな低レベルなドッキリはせんぞ」

「え? わっ!? カオル!」

「うわ、カオル先輩いつの間に・・・」

 声のしたほう(もちろん、部室内)を見れば、椅子に座るカオル先輩の姿。

「ふっ、驚いたかね?」

「む~、さすがはぶちょー。何もやってないのにあたしより皆を驚かせてる・・・」

 いや、この突然の登場は十分『何かやった』の範疇内だと思う。

「すっげー、全然気付かなかったぜ。どうやったら今みたいにこの部室内に入って来れるんすか?」

「ふっ、祐介よ。手品というのは仕掛けがわからないからこそ楽しめるものなのだ。そう簡単に教えるわけにはいかんな」

「そんなお決まりなセリフでごまかさないでくださいよ」

「ふむ。どうしてもというのなら、教えてやらんこともない」

「どうしても」

 間髪入れずに、祐介が答える。

「そうか、じゃあ、この手を良く見てみろ」

 カオル先輩は、俺たちに爪が見えるくらい指を曲げた右手を、静かに俺たちに向かって伸ばした。

「その手が何か?」

「まあいいから見ていろ・・・ふん!」

 そして、カオル先輩が気合を入れたかと思ったら、その手の平からボッと火が噴き出て、100円ライターのそれと同じくらいの大きさを保ったまま燃え出した。

「・・・それも手品っすか?」

「いや、実はな、俺は魔法使いなんだ。だから火も起こせるし、瞬間移動だってお手の物だ。さっき誰にも気付かれずにこの

部屋に入ってきたのも、魔法を使ったからと考えれば不思議はあるまい?」

 急に声のトーンを落とし、真顔で俺たちに語りかけてくるカオル先輩。

「まさか・・・」

 不思議はあるまい・・・って、魔法なんてもの自体が不思議の塊だと思うのは俺だけか?

 いや、それはともかく。

「魔法なんてそんな、突拍子もない・・・」

「ああ、そうだな。だが、目の前で実際に燃えているこの火は、本物だ。これにどう理由を付ける?」

「うーん」

 俺も祐介も、二人して頭を抱える。

「ふっ。お前たちは純粋だな」

「え?」

「この世は、全て自然の法則の元構築されている。自然は当然であるが故に自然だ。つまり、何もないところにいきなり火を出すなどという不自然は、まかり通らない。例え不思議なことが目の前で起ころうとも、突き詰めて考えていけば、ありふれた常識に、いつかは辿り着く」

 言うが早いか、軽く握るような形だった右手を開いてみせるカオル先輩。

「魔法だなどと、そんなくだらないものは、この世には存在しない」

 その手の平には、火を吐き出す、平べったい形をしたライターが置かれていた。

「さて、これが今の手品の答えというわけだ。どうだ? 知ってしまえば単純なものだろう?」

 そう言って、カオル先輩が俺にそのライターを手渡してきた。

 理科の実験なんかで使うアルコールランプを小さくしたような形のライターで、火打石のツマミが側面に付いていて、なるほど、ああやって指で本体を隠しつつ、親指で火が起こせる構造になってる。

 よくある、ありふれた手品グッズだ。

 俺は、そのライターの構造を確かめた後、祐介に渡した。

「あ。まあ、確かに」

「まあ、魔法なんて、そんなわけねえとは思ったけど」

「だが俺のこの語りの口調と目の前の火で、多少なりとも信じただろう?」

「うーん。まあ、少しは」

「手品とは、結局そういうものさ。だまされてるうちが、一番面白い」

「はー、なるほどなあ。一本取られたぜ」

「ふふーん。さすがぶちょーは巧いなあ。あたしも騙されちゃった」

「さて! 余興はこの辺で終わりだ皆の衆! 楽しい部活を始めようではないか!」

 いつもの軽い調子に戻ったカオル先輩が、号令を掛ける。

「ああ、渚に祐介。汚れるから制服は着替えたほうがいいぞ。体操着とかジャージ、あるな?」

「ええ、教室に置いてあります」

「うむ。では着替えて校庭隅の畑に集合だ。場所はわかるな?」

「わかります」

「よし、じゃあ一旦解散だ」

 カオル先輩の指示通り、俺と祐介は、運動着に着替えるため教室に戻った。

 5分くらいで着替えと移動を済ませて、俺と祐介は先輩方の待つ校庭の隅の畑に来た。

「んで? 具体的には何やんだ、香奈?」

「んー、とりあえずは雑草取りと、種植えかな?」

「そうね。ちょくちょく手入れしてるけど、さすがに春休みの間は何も育ててなかったから、荒れちゃってるしね」

 見るからに雑草という感じの草が大量に生えた畑を見ながら、真紀先輩が言う。

 つまり、今日の活動内容は、重労働としての呼び声高い草むしりってことか。

「何も育ててねーんなら、これ全部雑草ってことか?」

 雑草といわれなければ、それなりに整った緑色の田んぼに見えなくもない畑を指差して、祐介が香奈先輩に訊く。

「うん。そだよ」

「んじゃ遠慮なく全部取れるってわけだ。よっし、どうせなら競争しようぜ、競争」

「競争?」

「おお。『誰が一番たくさん雑草刈りが出来るかトーナメント』ってことだ。面白そうだろ?」

「うん! いいね、それ! さっすが祐ちゃん」

「うむ。単純にやっていては辛いだけの作業を遊びに昇華させるとは、なかなか見上げた感性だ。褒めて遣わす」

「ほらほら、何でも良いから早くやるわよ。ぐずぐずしてたら日が暮れちゃう」

 そう言って、さっそく畑の端っこのほうから草むしりを始める真紀先輩。

「あ~! 真紀ちゃんズルーい! フライングフライング~」

「真紀はペナルティ、いち・・・っと」

 カオル先輩が、空中でメモ書きするかのような動作をして、真紀先輩を茶化す香奈先輩を煽る。

「・・・くだらないこといってないで、あんた達も早くやりなさいよ」

 そんな二人を冷ややかな目で見つつ、じゃっかんトーンの下がった声で注意する真紀先輩。

「むっ。これ以上ふざけては雷が落ちかねんな。そろそろ真面目にやるとしよう」

「よっしゃあ! 一気に行くぜ!」

「あたしも負けないもんねー!」

 元気良く飛び出して力任せに草を刈り始める2人と、対照的に無駄のない動作で効率よく刈っていく2人。

 いっそタッグマッチにでもすれば、面白い結果になったんじゃないかと思わなくもない。

 もちろん、その場合審判は俺で。公正を期すため、審判であるところの俺は競技には不参加の方向性でお願いしたい。

 などと余計なことを考えていた俺は、思いっきり他の4人に出遅れてしまった。

 数分後。

 大して広くない畑の草むしりを、気合の入った4人はあっという間に終わらせて、結果として俺はぶっちぎりの最下位になってしまった。

「さて。一位は誰かな・・・っと」

 それぞれの目の前に積まれた大量の草を計る係は、どうせトップ争いには関係ないというある意味フェアな立場の、俺がやらされることに。

 別にかまわないんだけど、何となく釈然としない思いを抱きながらの計量。

「んー。微妙だなあ」

「何が?」

「いや、香奈先輩と祐介が同じくらいで、カオル先輩と真紀先輩が同じくらい。そんでもって、カオル先輩と祐介がほぼ一緒の量で、香奈先輩と真紀先輩がほぼ一緒。決めにくいよ、これ」

 率直な感想が俺の口からこぼれる。

「だいたいでいーって、大体で」

「んー?・・・、そうだなあ。パッと見カオル先輩のが一番多そうに見えるから、カオル先輩が一位で、二位が祐介。で、同率三位で真紀先輩と香奈先輩。最後に単独五位で俺。こんな感じでどうだろ?」

「ふっ、やはり俺は何をやっても負け知らずのようだな」

「んなこといって、オレと僅差じゃないっすか。そーいうセリフは、ぶっちぎりの単独一位の時に言ってくださいよ」

「ふむ、それもそうだな。まあそんなことは置いといて、だ。最下位の罰ゲームはどうする?」

「は?」

 何だか、とても意外で不穏な発言がカオル先輩の口から聞こえたような・・・。

「何を不思議そうな顔をしてるんだ渚。トーナメントといえば勝負。勝負といえばトップに栄光、ビリに絶望が世の常だろう?」

「負けた渚くんに更なる絶望をプレゼント~」

「や、その理論おかしいし。ビリにも愛の手を差し伸べてあげてくださいよ」

「諦めろ渚。たぶんお前が何を言ってもこの流れは変わんねーから」

「うーん。何かいいアイディアあるかなあ・・・」

 ああ、真紀先輩まで真剣になって俺の罰ゲームを考え始めてる・・・。

 どうやら、祐介の言うとおり、逃げ場はなさそうだ。

「よし。ここは一位であるところの俺が華麗に罰ゲームを決定してやろう」

「・・・お願いします」

 俺としては、真紀先輩あたりに考えてもらえば、軽いものを考えてくれそうで嬉しいんだけど。

「せめて選択する権利ぐらいはやろう。肉体的に辛いのと精神的にツライの。どっちか選ぶといい」

「・・・うーん」

 肉体的に辛いのというと、この状況から考えて、刈り取った草をゴミ捨て場に捨てに行くとか、そんな感じだろう。

 精神的にツライのと言われても、この状況からいきなり何かを推測するのは難しい。

 果たして、カオル先輩の考える精神的な辛さが、草運びをする肉体的な辛さより楽だと思える程度のものだろうか?

「・・・じゃあ、精神的なのでお願いします」

 悩んだ末、俺は賭けに出ることにした。

「ほう、そっちにしたか」

「内容は何なんですか?」

「俺は、正当な労働には報酬が必要だと考えていて、こういった肉体労働の後は部員全員に飲み物を奢っているんだが」

 ・・・もうそこまで言われれば内容は推測できる。

「渚は抜き。もちろん自腹を切って買うのも無しだ」

「ちょっ、自腹で買うのも無しって、それ肉体的にも辛いじゃないですか」

 今日は軽い夏日で、他の4人より運動量が少なかったとはいえ真面目に草むしりしてたんだから、俺の喉はカラカラだ。

 この上飲み物が飲めないんじゃ、精神的にももちろんそうだが、肉体的に考えたって辛い。

「早とちりするな。何も水を飲むなといってるわけじゃない」

「え?」

「自販機で冷えたジュースを買って飲むのが禁止なだけで、その辺にある蛇口から出る水なら飲んでも良い」

「ああ、なんだ、それなら」

「ただ、俺たちが冷えたジュースを美味い美味いと飲んでる横で、大して冷えてもいない、むしろぬるくて不味い水を飲まなきゃいけないのは、相当ツライと思うがな」

「腹を壊せばいい」

 精一杯の恨み言。

「ちなみに、肉体的な辛さを選んだら、どうだったんですか?」

「ここにある山と積まれた草を学校の裏手にある焼却場に移動させるだけだ。専用の大きな台車があるから、1往復か、余裕を見ても2往復で終わるな」

「それを選んでたら、ジュース貰えたんですか」

「無論だ」

 どうやら、俺は賭けに負けたらしい。

 どう考えても損してる。

 その後、全員で草を運び、運び終えた後戻ってきて、

「とりあえず肥料を撒かないとな」

 というカオル先輩の言葉に従って、畑の隅にある小屋から肥料を出して、畑に撒いた。

 何でも、春休み前に作物を収穫してから今まで、手入れをしてなかったので土が荒れてて、すぐには作物の栽培が出来ないらしい。

「これで、とりあえず今日の部活は終わりだな」

「じゃあ、みんな着替えて校門前の休憩所集合で」

「ういーっす」

 というわけで、一時解散。

「いやしかし、災難だったなあ、渚。まさか罰ゲームなんてもんがあるとは」

「そもそもの原因は祐介が競争なんか提案するからだろ」

 夕日に照らされた教室の中で、着替えながら会話をする俺と祐介。

「いやあ、まさかああなるとは思わなくてよ。わりいわりい」

「まあ、別にいいんだけど。みんなほど一生懸命やんなかった俺も悪いんだし」

「ま、それもそうだな」

「さて、じゃあ休憩所に行こうか」

「おう、ちょっと待っててくれ。教室にジャージ置いてくるわ」

「はいよ」

 程なくして祐介が戻ってきて、俺たちは校門前の休憩所に向かった。

 校門前の休憩所に到着。

 休憩所といっても、ここは校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下の途中にある少し広くなってる場所で、自販機2個とゴミ箱と2人がけのベンチが置いてあるだけの、何てことない小さなスペースだ。

「お、来たか。さあほら、飲むが良い」

 他の3人は先に来ていて、カオル先輩が投げて寄越したジュースを、祐介が受け取った。

 カシュッという、缶の蓋が開く音。

 祐介は、グイッ!と一気に一口飲み込み。

「くわぁ~! うっめぇ~!」

 心底幸せそうに、言葉を漏らした。

 とりあえず、俺は一息ついてる面々に恨みがましい視線を送ってやることにする。

「ふっ、そう嫌な顔をするな渚よ。今日の負けは明日の勝ちへと繋がる活力だぞ?」

「そうですね。たぶんもう俺、二度と負けませんよ」

「お~、渚くん強気の勝利せんげ~ん」

「まあ、初日からこれじゃね」

 結局、俺は4人が飲み終わるまでボーっと過ごすことしかできなかった。

「さて、帰るとするか」

「それじゃ、また明日ね」

「じゃあね~」

「お疲れ様です」

「おっつかれさーん」

 いつぞやの再現。

 それぞれに思い思いの挨拶を済ませ、バス組のカオル先輩と真紀先輩、自転車だが方向が一緒な香奈先輩と電車組の俺と祐介が、校門の前でそれぞれの帰路に着く。

 こうして、本格的な学生生活の初日は、多少の波乱を含んだものの何事もなく終わりを告げた。

 明日、明後日、一つとして同じ日の無い日々を、俺はどれだけ楽しめるのか。

 今は、それが少しだけ楽しみに思えた。



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