第2話『歓迎会』


「それではぁ! 新しい部員の入部を祝ってぇ! かんぱ~い!」

「いぇ~い!」

 カンカランカン!・・・と、グラスが触れ合う音が部室に響き渡る。

 でも、盛り上がってるのは先輩方だけ。いや、正確に言うと先輩2人と祐介だけだ。

 俺は、目の前にある、オレンジジュースが注がれたグラスを見ながら、うな垂れている。

 そんな俺を尻目に、先輩2人(ちなみに、森田先輩と佐伯先輩の2人)と祐介は、大盛り上がりだ。

「どうしたの? 渚くん」

 そんな、いかにもつまらなそうなオーラを出してる俺を心配してか、大谷先輩が話し掛けてくれた。

「やっぱ納得いかない?」

「・・・ええ、まあ」

 なんとも、曖昧な返事を返す。

「けど、少なくとも一年間は所属しますし、ちゃんと活動にも出ますよ。そんなわけなので、よろしくお願いします」

 そう言いながら、俺は大谷先輩に向かって持っているグラスを突き出した。

 カチン

 大谷先輩が俺の行動に合わせて持ってるグラスを突き出し、小気味のいい音が鳴る。

「ん~、まあ、確かにさ。カオルの行動はちょっと行き過ぎたと思うし、渚くんがそうゆうのも、無理ないと思うんだけど」

「・・・?」

 大谷先輩は、グラスに注がれたコーラを一口飲んでから、続けた。

「この部活ってさ、来る者拒まず去る者どこまでも追えって感じで、すっごい仲間意識強いんだよね」

「ええ。それは見れば解かります」

「だからね? 渚くんもせっかく入部したわけだし、そんな後ろ向きな気持ちで居るよりは、もっと前向きになってさ、馴染んでくれると嬉しいんだよね」

「・・・えっと」

「そのほうが、居心地も良いと思うし。どうかな?」

 そんなこと言われたら、拒むことなんて出来るわけない。

 それに、少なくとも一年間は一緒に過ごすことになるんだ。後ろ向きな気持ちのまま接したりしたら、きっと辛いだけだろうとは、思う。

「カオルも、ああ見えて根は真面目だし、良い奴なんだ。だから・・・」

「大丈夫ですよ、大谷先輩。そんなに念を押さなくても、その辺はちゃんと解かってますから」

「そう? うん。ありがと」

 そう言って、大谷先輩は空になった俺のグラスに、少しずつコーラを注いできた。

「あっ、ちょっと大谷先輩。俺さっき炭酸苦手だって!」

「渚くんを仲間と認めた上で罰を与えてます」

「・・・はい?」

「なぜ自分が罰を受けてるのか理解して答えを言わないと、グラスはどんどん炭酸飲料で満たされていくよ?」

 子供が悪戯する時みたいに笑って、大谷先輩は俺にそんなことを言う。

「ちょっ、そんなこといきなり言われても!」

「ほらほら、あと10秒もすれば満杯になっちゃうよ~?」

 トクトクと、俺のグラスに注がれるコーラ。

 極めてゆっくり注いでくれてはいるものの、グラスの容量は有限、そして容量は決して多くない。

 このままだと、大谷先輩の言う通り、すぐにグラスは満杯になりそうだ。

「ほ~ら、なな~、ろ~く」

 楽しそうにカウントダウンを始める大谷先輩。

 気づけば、さっきまで騒いでた3人組もこっちに興味を示し、事の成り行きを興味津々な目で見守っている。

「ご~」

「あの、大谷先輩! なんかヒントとか無いんですか!? ヒント!」

 俺がそういうと、大谷先輩は一旦注ぐのを止めて、

「今の渚くんの発言の中に、渚くんが犯している罪が含まれてました。はいこれヒント」

 それだけ言って、また注ぐのを再開してきた。

「・・・って、それだけじゃ解かんないですって!」

「よ~ん、さ~ん」

 グラスの八分目くらいまで、もうすでにコーラは注がれてしまっている。

「えーっと、なんだ、俺なに言ったっけ?」

「にー・・・」

 大谷先輩が、注ぐ量を減らして、カウントを延ばす。

「・・・いーち」

「だあああ、タイムタイム!」

「残念ながらタイム制度は廃止になりました。というわけで、ゼロ」

「あ、あああ」

 表面張力でなんとかこぼれずに済んでいるくらいまで、なみなみとコーラを注がれた俺のグラス。

 こんな限界まで注がなくても・・・。こぼさずに持ってるだけで辛いんですけど。

「・・・で、結局答えは何だったんですか? 教えてくださいよ」

「他人行儀」

「は?」

「『大谷先輩』なんてさ、他人行儀な言い方はやめて欲しいの。せめて真紀先輩とかさ。なんなら真紀って呼び捨てにしてくれてもいい。二人もそうだよね?」

 大谷先輩が森田先輩と佐伯先輩に呼びかけると、二人は満面の笑顔で大きく頷いた。

「えっと、つまり?」

「これから一緒に活動していく仲間でしょ? 遠慮は無しで行こうよ。ねっ?」

 ・・・。

 ・・・一瞬、何を言われたのか、わからなかった。

 大谷先輩の笑顔から、確かな暖かさが、伝わってくる。

 こんな体験をしたのは、俺は、初めてで。

 さっきまでの後ろ向きだった自分が、やけに情けなく思えて。

 つい涙を流しそうになったから、俺は手に持ったグラスの中のコーラを、一気に飲み干した。

「おー!」

 パチパチと、拍手が部室に響き渡る。

 ダン!と、机に叩きつけるようにグラスを置く。ついでに、ゲフッとゲップも出す。

「これから、よろしくお願いします」

 かっこ悪さついでに、頭を下げる。

 直後、あまりに素直な反応だったことを祐介に馬鹿にされたのは、言うまでもない。

「そういえば、カオル。明美ちゃんは?」

 宴もたけなわという時、不意に真紀先輩が言った。

 あけみちゃん。聞き覚えのない唐突な名前が耳から頭に入り、一瞬混乱する。

「ん~。仕事が終わり次第参加するようなことを言っていたが・・・」

 そう言って、カオル先輩は窓の外を見た。

 時刻は、午後5時半。外は、もうすっかり夕暮れの色に染まっている。

「・・・たしかに遅いな。やっかいな仕事にでも捕まってるんじゃないか?」

 今日は、昼で授業が終わる土曜日。

 学校が終わってから始めたこの宴会も、もうそろそろ締め時だ。

「なあ、香奈。明美ちゃんって誰だ? 俺らの他にも部員居んの?」

 当然の質問を、祐介がする。

「ん? あはは、違うよ。明美ちゃんっていうのは、この部活の顧問の先生のこと」

「聞いたことねえ名前だな。3年の先生か?」

「うん。3年生の国語の先生」

「ふーん。若いのか?」

 どんな人かと訊ねるより先に歳を聞くあたり、祐介らしいと思う。

「うん。若いよ。たぶん、まだ20代だと思う」

「思うってなんだよ。聞いたことねえのか?」

「聞いても教えてくれないんだもん。でも」

 ガラリ!

 その時、唐突に部室のドアがスライドした。

 廊下から姿をあらわしたのは、切れ長の目にメガネが似合う、典型的な女教師。たぶん、今話してた明美って人。

「やあ! 遅かったではないか。さあさあ、もうすぐ宴も終わってしまうぞ。すぐに参加したまえ」

「誰のせいで遅れたと思っている。まったく、お前も部長なら、少しは部のために尽力したらどうなんだ?」

「むむ。開口一番悪態とは、祝いの席に似つかわしくない登場をしてくれるじゃないか」

「酒もない宴に呼ばれて喜べる歳ではないからな」

「それは性格だろう? 酒のせいにするのは良くない」

「うるさい。で? そこに居る二人が噂の新入部員か?」

「うむ。我が部期待のホープ。高宮渚くんに本田祐介くんだ。よろしく頼む」

「渚くん」

「は、はい」

 隠し事を一瞬で見抜きそうな、力を感じる目に見つめられて、俺は少し戸惑う。

「と、祐介くん」

「ういっす」

「ふむ。紹介が遅れたな。私は、このネイチャー・ラヴァー・クラブの顧問をやっている杉本明美だ。よろしく頼む」

 そう言って、杉本先生は、俺たちに握手を求めてきた。

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 杉本先生は、俺と握手を交わした後、向き直って、祐介と握手を交わした。

「私のことは明美と呼んでくれ。似たような苗字が周りに多くてな。名で呼ばれなければとっさに反応できないんだ」

「りょーかい。よろしく、明美ちゃん」

「あー、祐介くん。たしかに名前で呼べとは言ったが、私は曲がりなりにも教師だ。せめて形式的でも『先生』を付けるのが礼儀だと思うが?」

「え? ああ、香奈たちが『ちゃん』付けで呼んでたんで、つい」

「ふっ。まあ、人の目が少ないところでなら構わないがな。どうせ、部活のメンバーには好きに呼ばれてる」

「なんだよ。だったら最初っから注意なんてしないでくれよ」

「一応釘を刺したまでだ。廊下ですれ違った時に同じように呼ばないためにな」

「さいですか」

 祐介には、初対面の相手とでもすぐに仲良くなれるという才能がある。

 明美先生とも、すぐに打ちとけられたみたいだ。

 しかし、明美先生は、なんていうか堅い話し方をする人だ。でも、それでいて親しみやすい、不思議な印象の人。

「ん? どうかしたかね、渚くん? それとも、私の顔に何か付いているのか」

「あ、いえ」

「ん~? どうしたんだよ、渚。明美さんが綺麗だから見惚れてたってかぁ?」

「なっ、ち、違うって! 何言ってんだよ祐介!」

「そうも激しく否定されると、多少ながらショックだな。これでも、顔とプロポーションには自信があるんだが?」

 そう言って、明美先生は雑誌でファッションモデルがしているような、右手を首に、左手を腰に絡めたポーズをとる。

「ほらほら、明美ちゃん。渚くん困ってるじゃない。若い子を誘惑してるヒマがあったら、顧問らしく祝いの言葉の一つでも言ってよね」

 真紀先輩が、助け舟を出してくれた。

「む。それもそうだな」

 いつも部長の相手をしているせいか、さすがに場を操るのが上手い。

「まあ、祝いの言葉というほどのこともないが・・・」

 そう前置きしてから、明美先生は話を続けた。

「この部活は、見ての通り終始明るい。活動も基本的にアウトドアだ。キミ達は、この部活に入部し活動を続けることで、自然と親しみ仲間と笑いあうという、真の意味での『癒し』を体感できるであろう。以上」

 パチパチと、先輩方3人が拍手を贈る。

 その後は、明美先生も交えての盛大な宴会になった。

「そろそろ宴会もお開きにしましょうか」

 真紀先輩にそう言われて窓の外を見れば、そこはすっかり夕闇に包まれていた。

「もうこんな時間か。うむ、ではそろそろ片付けるとするか」

「すまないが、私は一足先に出させてもらう。まだ少し仕事を残しているのでな」

「そうか。なら片付けは俺たちに任せて早く戻るといい。どのみち、人手が居るような作業量じゃない」

「ありがとう。ああ、ゴミの分別はしっかりな」

「当たり前だ。この部活を何だと思っている」

「ふっ、そうだったな。すまん、失言だ」

「まったく、顧問がそんなことでは困るぞ?」

 笑いあいながら、言葉を交わす部長と先生。

「さてと、渚。さっさと片付けちまおうぜ?」

「うん」

「あ、いいよいいよ。後片付けは私たちでやるから」

「あ? なんでだよ」

「二人は今日の主賓だからね」

「そうそう。今日は祐くんと渚くんのお祝いパーティーなんだから。片付けは祝う側のお仕事ってね」

「つったってなあ。どうする? 渚」

「・・・」

 俺は黙って、近くにあった燃えないゴミの袋を広げて、その辺に落ちてる空き缶を拾い始める。

「渚くん?」

「俺が今手伝ってることは、俺が真紀先輩と香奈先輩に与えてる罰です」

「え? どゆこと?」

「ったく、この馬鹿は。根っから素直なんだからよ」

 俺の意図を早くも察知した祐介が、近くにあった燃えるゴミの袋を広げて、紙ゴミを片付け始める。

 付き合いが長いと、こういう時の意思の疎通も早いらしい。

「えーと、渚くん? 罰ってどういうことか説明してもらってもいい?」

「うんうん。言ってくれないとわかんないよ」

「・・・俺たちは仲間なんでしょ?」

 困惑した表情の真紀先輩と香奈先輩に、一言そう告げる。

「え?」

「主賓とか、そんなお客様扱いみたいなことは駄目ですよ」

「あ、なーるほど。そゆことか」

「手伝うなったって、手伝いますからね」

 我ながら気どったセリフだとは思うけど、正直な気持ちなんだからしょうがない。

「まったく、カワイイこと言ってくれちゃって」

「さっきのお返しですよ。俺は律儀なんです」

「はいはい。言われなくても解かったわよ」

 それから、部活メンバー全員で片付けをしたので、片付け作業はあっという間に終わった。

 片付けも戸締りも終わって、明美先生に部室の鍵を渡しに行った後の校門。

「二人は電車?」

「ええ、そうです」

「そ。じゃあ、私とカオルはバスだし香奈は自転車だから、ここでお別れだね」

「あたしは駅まで一緒だけどね」

「うむ。では渚に祐介。また月曜日にな」

「じゃあね」

「おう、さいなら~」

「さようなら。また、月曜日に」

 俺たち三人は、停留所に向かって歩き出す二人を見送った後、駅に向かって歩き出した。

「どう? 渚くん。楽しくやっていけそう?」

 歩きながら、香奈先輩が振って来た話題は、そんな内容。

「はい。良い部活ですね」

「うんうん。大丈夫そうだね。祐くんは?」

「聞くまでもねえだろ」

「そだね。うん。これからよろしくね」

「はい」

「おう」

 それから、俺たちは駅に着くまで話題の尽きない会話をして歩き、駅に着いた後それぞれの帰路に着いた。

 香奈先輩は、自転車で隣町。俺と祐介は、上りの電車に乗って2駅先の地元へ。

 こうして、やたらと楽しかった土曜日は、静かに幕を閉じた。

 そして、来週の月曜日からは、本格的に部活が始まる。

 それが、今は楽しみでしょうがない。



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