第1話『大自然が君を呼んでるぜ』


 都立せせらぎ高等学校。東京23区内に居を構える高校。

 都心からあまり離れていない場所に存在している割に、『細流(せせらぎ)』などという自然環境的な名前が付いているのは、古くから続く伝統の表れだろうか。それとも、近くを流れる川が存在するからか。

 この物語は、この高校に入学してしまったが為に、大いなる災厄―――ある意味では幸福―――に見舞われる、一人の少年の物語である。



「―――というわけでありまして、諸君はこれから本校の生徒となるにあたり―――」

 せせらぎ高校の入学式。

 会場には、式辞お決まりの校長先生による長話が響いている。

「・・・ふぅ」

 よくもまあこんなに長く喋るだけの話の種を持ってるもんだ、と。主人公であるところの少年、高宮 渚(たかみや なぎさ)は、ある意味での感心と落胆を交えたタメ息を吐いた。

 校長先生の話は、すでに10分以上続いている。

 さっき新入生の名前を読み上げるのに10分少々かかったことを考えると、校長先生は新入生紹介と同じだけの時間を使って、自分の話を聞かせていることになる。

 新入生の名前を読み上げる時間も退屈な時間だったが、この校長先生の話はもっと退屈だ。

 どうせこれからこの学校に通うことになれば毎週の朝礼とか年中行事で何度も話す機会があるんだから、今こんなに詰め込んで話さなくても良いじゃないか。そう渚少年が滅入ったところで、やっと校長先生の長話は幕を閉じた。

 校長先生が話をしていた時間は、ゆうに30分を越えていた。

 これから先もこの調子だったら仮病を使って保健室に逃げ込もうかなどと不埒なことを考えていたら、入学式はアッサリと幕を下ろした。

 どうやら、次にクラブ活動の紹介をするので、入学式自体の内容は軽めに抑えてあるらしい。

 いくら内容の量を抑えたところで、一個一個の密度が濃かったら結局一緒じゃないかなんて、そんなことを考えてうなだれる渚少年の前で、部活動の紹介が始まった。

 文科系→体育会系→文科系→・・・という順番で発表されていく部活動紹介は、文科系の部活の部長が壇上で口頭によって自分の部を紹介している間に体育会系の部活が舞台袖で準備をし、話が終わり次第実演して見せるというローテーションを組んでいるようだ。

 最初は、どこの高校にもあるであろうお決まりの写真部が紹介をしたかと思ったら、次は舞台袖から出てきたバスケ部がパスやシュートの真似事のようなものを繰り返し、簡単な挨拶を述べる。

 特に部活動に興味が無い渚少年は、校長先生の話を聞いていたときと大差の無い姿勢で、舞台上で紹介されるクラブ活動を見つめていた。

「続きまして、陸上部の方。紹介をお願いします」

 司会役の生徒の声を合図に、呼ばれた部活が紹介を始める。

 体育会系の部活はオーソドックスな野球部、陸上部を始め、ダンス部や弓道部といった部活動が。

 そして文科系の部活は、吹奏楽部や美術部のほかに、茶道部などもあった。

 どうやら、せせらぎ高校というところは、相当部活動に力を注いでいるらしい。

「それでは、以上を持ちまして部活動の紹介を終わらせていただき―――」

「ちょぉっと待ったーーー!!」

 司会役の生徒が締めに入ったその瞬間。舞台袖から大きな声で制止がかかった。

「この俺の部活を忘れてもらっちゃ困る!」

 そういって、舞台袖から一人の男子生徒が悠々自適と歩いて出てきた。

 司会者の生徒や教員達が唖然とする中、その生徒は壇上のマイクの前に立った。

「おい、あいつ・・・」

「ああ。B組の森田カオルだな」

 3年生が座る座席のほうから、そんなささやきが聞こえてきた。

 どうやら、それなりに名の知れた人であるらしい。

「1年生諸君! まずは入学おめでとう!」

 マイクの電源を入れた直後、大きな声でカオルと呼ばれた生徒はそう言った。

「俺は大自然愛好部、通称ネイチャー・ラヴァー・クラブの部長。森田 馨という者だ! 諸君、突然でなんだが、自然は良いぞ!」

 本当に突然だ。と、何人もの生徒が思ったに違いない。

 カオルはマイクホルダーからマイクを外し、舞台の前のほうに出てきて更に続けた。

「俺たちが今この地球上で生活できているのも、つまるところそれは緑豊かな自然が生み出す酸素の恩恵であり。植物やそれを食べる動物達を食事として食べられているからな訳だ!」

 名が知れている理由は判明した。

 ・・・彼は変人だ。

「1年生諸君! 大自然愛好部に入り俺と一緒に自然を愛でてみないか!? ストレスだらけの世の中で癒し癒されることにに飢えた君たちを大自然が呼んでるぜ!」

 呆気にとられる全校生徒の前で、部活動紹介のために設けられた場をワンマン・ステージに変えた男が主張する。

「以上で部活動紹介を終えたいと思う。では、司会進行係よ、存分に進行してくれぇおお!?」

 いつの間にかカオルの後ろに立っていた女子生徒がカオルの背中を背後から蹴り飛ばし、舞台から突き落とした。

 ドッタァァン!

 結果、カオルはコンマ何秒か宙を舞って豪快に床に激突した。

 そして、宙を舞ったマイクを上手く手に取り、女子生徒が話し始める。

「あんたねえ、いい加減その馬鹿な性格どうにかできないわけ? 部活動紹介を終わるとか言って、部活動の中身なんか一個も紹介してないじゃないの」

 ごもっともだ、と。渚は深く頷いた。

「え~っと、新入生の皆さんは初めまして。私は大自然愛好部の副部長を務めている大谷 真紀です。そこでノビてる馬鹿な部長に代わって部活動の紹介をしたいと思うので、少しの間耳を傾けて聞いてください」

 どうやら、単純に変人が集まった部活動というわけではないらしい。

「えっと、まず、ウチの部は、名前の上では部ということになっていますが、正確には同好会です。同好会と部の違いは、さっき校長先生の話にも出てきたので皆さん分かります・・・よね?」

 全くもって聞いてなかったので分かりません。

 渚は、ついそう口に出しそうになった。

「なんかキョトンとしちゃってる人が大勢居るんで簡単に説明しますね。この学校では、顧問の先生が付けば、原則的に自由にクラブ活動を行うことが許されています。ただし、部員数が5名に満たない場合は同好会扱いとなり、部費や部室が貰えなかったり校庭やプールの使用に一部制限がかかったりと、色々と制約がかかってしまいます」

 他の学校に比べて圧倒的に部活の数が多いのはこのシステムのおかげというわけだ。

「ま、それは置いといて。私たち大自然愛好部では、他の学校で言うところの緑化委員や、環境委員的なことをやっています。具体例を挙げると、校庭の一部を開墾して畑を作ってみたり、事務員さんと一緒に花壇の整備をしたりしてますね。他にも、自費で小旅行に出かけて風景写真を撮ったり風景画を描いたりといったこともしています」

 さっきのカオルと名乗った部長の話ではとても入る気になれない部活だったが、こうしてマトモに話を聞いてみると、入ってみても悪くない部活に聞こえてくる。

「まあ、そんな感じですね。それでは、進行のお邪魔をしてどうもすみませんでした」

 パチ! パチ! パチ!

 どこからともなく、拍手が聞こえてきた。

「グッジョブだマキ! さすが副部長の肩書きを持っているだけはあるな!」

 見れば、先ほどまで床に倒れていたはずのカオル部長が、壇上に腰掛けて軽く手を合わせるように拍手をしている。

「カオル!?・・・ちょっとあんた、いつの間に立ち直ったのよ!?」

「いつに間に立ち直るも何も、俺は最初からノビてなぞおらん!」

「私に豪快に突き落とされた人の言うセリフじゃないわね・・・。さっきまでそこで倒れて・・・あれ?」

 舞台から下を見下ろし、素っとん狂な声を上げる真紀。

 見下ろされた眼下には、倒れている男子生徒が一人。

「・・・誰?」

「俺のクラスメイトで友人の相川くんだ。身代わりの術を使うのに適当な人型が周りに無かったのでご足労いただいた。丁度最前列に居たしな」

「何してんのよあんた! つーか前から思ってたけど何者!?」

「人を突き落としておいて何をしてるも何もないだろう。それより、これ以上ここで押し問答を続けていては会場に迷惑がかかる。質問なら後で答えてやるから、さっさと舞台袖に下がるぞ」

 そう言い残し、颯爽と舞台袖に消えていくカオル。

「なっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 走って追いかける真紀。

 後に残ったのは、誰も居なくなった舞台と、どう収拾を付ければ良いのか悩んでいる教師たちと、唖然とした全校生徒プラス飽和状態の会場の空気。

 入学初日から、ずいぶんと派手なイベントに見舞われてしまったものだ。

 そんなパニックの伝染する会場の中にあっても、渚はそんなことを冷静に考えていた。



 聡明な先生方の迅速な対応のおかげで、体育館に居た生徒は各自の教室へと戻された。

 渚のクラスは、1年A組。

「よう~っす。渚ぁ」

 自分の席に着いた途端、渚は聞きなれた声に名前を呼ばれた。

「え? ああ、なんだお前か」

「なんだよ。せっかく自分のクラス抜け出して会いに来てやったのに。冷たい反応だな」

「いや、誰かと思ったから。悪いな」

「まぁ、いいけど」

 見た目からして陽気さをかもし出しているこの男は、渚の小学校以来の大親友、本田 祐介。

 運動神経は抜群で、勉強は常にトップ・クラス、おまけに顔も良い、と全くもって非の打ち所の無い少年だ。

 ただ一つ欠点があるとすれば、それは性格。

 不良の類じゃないが、真面目の部類にも入らない。飄々として軽い性格をしているので、人によっては嫌悪感を抱くこともある、そんな奴だ。

「しっかし、さっきの部活紹介。後半凄いことになってたな」

「ああ。あれには驚いたな、流石に。入学初日から随分ヘヴィーな体験させられたよ」

「オレはあーゆうの嫌いじゃないけどな。なかなか居ないぜ? あーいうヤツって」

「端から見てる分にはそりゃ楽しいけどさ。渦中に居たら堪ったもんじゃないって。あの副部長さんも苦労してるみたいだったし」

「ま、確かにな。ところで・・・」

「ん?」

 言葉を濁した友人に、次のセリフを促す渚。

「お前さ、どっかの部活に入る予定あるのか?」

「いや? とりあえず帰宅部の予定だけど?」

「そっか。ならちょうどいいや。あのさ、渚。この学校にオレのいとこが通ってるの、知ってるよな?」

「え? あ~っと、そういえばそんなこと言ってたっけ?」

 おぼろげな記憶を、必死に探る。

「覚えてないならそれでも良いけどよ。いや、実はさ、そのいとこに自分が入ってる部活に入らないかって誘われてるんだよ」

「ふ~ん」

 それと自分とどんな関係があるんだとでも言いたげな目で、渚は祐介を見つめた。

「さっきの話聞いたなら分かると思うけど、そのいとこがやってる部活ってまだ部員数が少なくて同好会扱いでさ。人がたくさん入って欲しいわけよ」

「なるほど。その部活に俺にも入って欲しい・・・ってことか?」

「ん~、つーかよ、とりあえず一緒に見学に行ってみねえかって誘おうと思ったんだわ。入る入らないは別として。オレもまだ入るって決めてるわけじゃねえしな」

「なるほどね。そんくらいなら別に構わないよ。どうせどこかに入るあてがあった訳じゃないし」

「そっか。あんがとな」

「いいって。別に入るって決まったわけでもないんだし」

「確かにな」

 そういって、祐介は軽く笑った。

 ちょうど二人の会話が途切れたのを見計らうかのように、1年A組の担任が教室に入ってきた。

「おっと。もう先生が来ちまったのかよ。んじゃ、渚、また後でな」

「ああ。教室に居るから」

「おう」

 慌ただしく、祐介は教室を出て行った。

「・・・あらためまして入学おめでとう」

 教室の喧騒がある程度収まったのを見て、今入ってきた教師が口を開いた。

 一クラスを担任する教師にしては、随分歳が若く見える。恐らくは、まだ20代も半ばといった年のころだろう。

「僕は、このクラスの担任で、名前は茅ヶ崎 良一といいます。これから長い付き合いになると思うので、仲良くしてやってください」

 落ち着いた物腰と、角の無いソフトな人当たり。

 全身から友好的な気配を発しているような人だ。

「じゃあ・・・まだみんなそれぞれのことは知らないだろうから、自己紹介でもしようか?」

 新入生お決まりのホームルームが、特に事もなく過ぎていった。



 放課後。

 家路を急ぐ生徒や、部活動の見学に行く生徒、そして生徒を勧誘している上級生などで、校内は大賑わいだった。

「よう、渚。行ってみようぜ」

「うん」

 渚は、鞄を持ち上げて、教室を出て行く祐介の後に続いた。

「・・・で、その部活ってどんな部活なんだ? 体育会系はお断りしたいんだけど」

「いや、俺も詳しい話は聞いてねえんだわ。とにかく友達誘って来てくれとしか言われてねえからよ」

「なんだそれ。怪しい部活じゃないだろうな?」

「あんま変な活動する部活は同好会といえど学校側に潰されるって話だから、その辺は大丈夫だろ・・・おっ?」

 祐介が、今歩いている廊下の先の方に佇んでいる人影を見つけて、駆け足で近寄った。渚もその後を追う。

「ようっす、香奈。久しぶり」

「ん?・・・あ! 祐ちゃん! うん、久しぶり!」

 祐介の姿を見つけた途端、元気良く跳ね回るように挨拶をする女生徒。

「ああ、渚。紹介すんぜ。俺の一個上のいとこで、佐伯 香奈(さえき かな)。香奈。こっちはオレが前話した親友の渚」

「はじめまして!」

「あ、えっと、はい、はじめまして・・・」

 香奈の勢いに飲まれ、ぎこちなく挨拶をする渚。

「んで? 香奈、その部活ってどこよ?」

「ん? 早速行っちゃう? なんなら校内を色々案内してからにしてあげるけど?」

「そんなくだらねえことしねえで良いって」

「あはは、それもそっか。うん、じゃあ早速部室に行こうか?」

「おう」

 歩き出す二人に、渚も続く。

「えっと、なぎさ・・・くんだっけ? ごめんね。祐ちゃんに無理に連れて来られたんでしょ?」

「え? あ、いや」

「アホか。なんで強引に連れてくる必要があんだよ。ちゃんと普通に連れてきたっつの」

「え~? ホントに~? 疑わしいなあ」

「ホントですよ。どうせヒマだったんで」

「そんな健気に庇わなくても良いから、お姉さんにホントの事を言ってごらん?」

「・・・んなこと言ってっと帰んぞ、こら」

「ありゃ? ごめんごめん、軽い冗談だってば」

 終始明るい香奈のペースに引きずられて、普段は口数の少ない渚も、自分でも驚くくらい口数を増やし、会話を弾ませながら廊下を歩いて行った。



「じゃ~ん! ここがあたしの所属する部活の部室で~っす!」

「じゃ~ん!・・・なんて言うほどのことかよ。タダの空き教室じゃねえか」

 その祐介の意見には、渚も同感だった。

 いかにも資材置き場といった感じの、古ぼけて埃の溜まった教室。窓から中を除くと、中に机が山積みになってるのが見えるから、実際、ここは倉庫的な空き教室なのだろう。

「ちっちっち、甘いね祐ちゃん」

「何がだよ?」

「ここはね。本来同好会じゃ部室なんて手に入らないところを、顧問の先生のお力添えで空き教室をお貸し頂いてる由緒正しい部室なの。つまり、ババーン!と紹介する意味も意義もある場所なのです! オッケー?」

「ノー」

「何故」

「結局空き教室だってことに変わりはねえだろ。しかも倉庫っぽいし。これなら部室なんか無いほうがいっそ清々しいっての」

「祐ちゃんは辛口だねえ。まっ、そんなことどうでも良いから、とりあえず入って入って。掃除は済ましてあるから埃っぽくはないはずだよ?」

 香奈に導かれるがまま、部室の中に入る渚と祐介。

「ぶっちょー。見学者連れて来たよ~?」

「うむ! ごくろう!」

 まだかすかに埃の残る教室には、二人の人影があった。

 見覚えのあるシルエット。

「カオル、頼むからあんたは黙っててよ? あんたが話すと入ってくれる子も入らなくなっちゃうんだからね」

「そんなことはなかろう! この俺の大自然を愛する心意気を持ってすれば、全人類を部員にすることすら可能だ!」

 部室の中に居たのは、先ほど体育館でワンマン・ショーを行っていた謎の部長と、場を治めた副部長。

 どうやら、この部活はネイチャー・ラヴァー・クラブに他ならないらしい。

「そんなわけでだ! 新入生の諸君! 俺と一緒に自然を感じてみないか!?」

「・・・」

 予想もしていなかった事態に遭遇し、放心している二人組に、構わず話しかけるカオル部長。

「香奈ちゃん、排除よろしく」

「らじゃ」

 手慣れた感じに、アイ・コンタクトを交わす二人。

「あッ、コラ、何をするんだ香奈。やめ、おい、放せ!」

 慣れた動作で、部室の外にカオルを連れ出す香奈。

 どうやら、こんなことはこの部活では日常茶飯事らしい。

「さて、と。えっと?」

「あたしのいとこの祐介と、その親友の渚くんだよ~」

 部室の外から、タイミングを見計らったかのように、真紀の知り得たい情報が呼びかけられた。

「サンキュ、香奈。で、えっと、祐介くんと渚くん?・・・で良いのかな」

「ええ、そうですけど・・・」

「あ~、めっちゃびっくりした。まさかいきなりこう来るとは思わなかったぜ。香奈もやるようになったもんだ」

「あはは、驚かせちゃってごめんね。えっと、香奈から何か聞いてる?」

「いんや。ここが大自然愛好部だっつーのも、今二人を見て知ったぐらいだ」

「そう。えっと、たぶん見学って形で来てくれたんだと思うんだけど。残念ながらね、部長はあんなだし。今の時期はさしあたってすぐ見せれるような活動ってしてないから、何とも言えないとこなのよ」

「説明会聞きに来たわけじゃねえんだけど」

「うん、それは分かってる。心配しなくても座学なんてさせないよ? まあ、いきなりこの用紙に名前書き込んでくれるなら話は早いんだけどさ」

 そう言って、真紀は『入部申込書』と印字された紙を取り出した。

「部活内容の説明なんて、今更って感じだよね?」

「まあ、部活内容だったらさっき体育館で聞いたし」

 渚は、少し居づらさを感じつつも、律儀に質問に答えた。

「だよね。う~ん、どうしようかなあ・・・」

「困っているようだな真紀よ! やはりここは俺の出番か!」

「うわ!?」

 突然の不意打ちを食らって、大きくのけぞるほど驚く祐介と渚。

「カオル? あんた、なんでここに? 香奈はどうしたのよ」

「ふっ。香奈などにどうにかできる俺のはずもあるまい。あいつなら今頃校内中を『一人かくれんぼ』しながら巡っているはずだ」

「どういう意味よ、それ」

「簡単な話だ。見つける対象である俺がここに居るのだから、俺を見つけようとしている鬼であるところの香奈は俺を見つけられようはずも無い。故に『一人かくれんぼ』だ」

「あっそ・・・まったく、相変わらずあんたは忍者みたいなことしてくれちゃって・・・」

「俺の先祖は忍者だったと聞いている」

「嘘とも思えないわ、あんた見てると」

 それだけ言って、真紀は大きくため息を吐いた。

「で、見学希望者の諸君。入部の意思は固まったかね?」

「見学も何も、まだ何もしてないでしょ・・・」

「まあ、見学するっつっても、大したこと見れなそうだし。いいっちゃいいんだけど。なあ、渚もそう思うだろ?」

「まあ、確かに・・・見るべき点はたくさんありそうだけど」

「うーん。それを言われると痛いなあ」

 不満そうにつぶやく渚と、申し訳なさそうにほほ笑む真紀。

「残念ですけど、祐介はともかく、俺はこんな得体の知れない部活に入る気にはなれませんよ」

「ふむ」

「いや、『ふむ』じゃなくて・・・」

「いや、この大自然愛好部のどこが得体の知れない部活なのかが気になってな。不明瞭な部分が一切思い当たらんのだが」

「部長の存在自体が不明瞭のような気がします」

「おっ。うまいね、渚くん」

「まあまあ、良いではないか。ステキな高校生活を3年間無為に過ごしてしまうよりは、部活に力を注いで見るのもまた一興というものだろう?」

「言ってることはわかりますけど」

「ふっ、なんなら形だけの入部でもかまわんぞ? どうせ通年活動してる部活だからな。気の向いたときにでも立ち寄るといい」

「そうは言っても・・・なあ、祐介。どうする?」

「ん~、まあ入ってみたら良いんじゃねえか? 別に軍隊に入隊するわけじゃねえんだから、辞めたくなったら辞めれば良いだけの話だしな。活動自体もそう悪いもんには見えねえし―――」

 祐介は、そこで一旦言葉を切ってから、続けた。

「何より、ここに来てれば退屈しなさそうだ」

「あっ、その点に関しては保証するよ? 見ての通り、バラエティに富んでるから、ウチは」

「・・・」

 渚は、考える。

 たしかに、せっかくの高校生活、部活をしないというのも勿体無い気がする。

 それに、祐介の言う通り、ここは居心地が良さそうだ。

 ・・・そうは言っても。

 考えたところで、入部に踏み出す気にはなれない。

「まあ、入部届けの用紙は持って帰って検討してくれてかまわん。それより、この見学要請書に名前をしっかり書いておいてくれ」

 そう言って、カオルは二人にそれぞれ一枚の紙を差し出した。

「見学要請書?・・・って、なんですか?」

「本来は見学前に書くものなんだがな。部活を見学するにも、一応形式上の手続きが必要ということだ」

「はあ・・・まあ、そういうことなら」

「ほれ、このペンを使え」

「あ、どうも」

 カオルからペンを受け取り、渡された紙に自分のクラスと名前を書く渚と祐介。

 ・・・これが、カオルの罠とも知らずに。

「はい、書きましたよ」

「オレも。はいよ」

 カオルに紙を手渡す二人。

 その瞬間、二人の運命は決まった。

「くっくっく」

「?」

 いかにも悪者風の吹いた笑い声を上げるカオル。

「カオル? どうしたの、気持ち悪い声上げちゃって」

「あ~! 居た~!」

 その時、部室に流れ始めた不穏な空気を一蹴するかのごとき明朗快活さで、香奈が部室に飛び込んできた。

「いくら探しても見つからないと思って戻ってきてみたら、なんで部室に舞い戻ってるのー!・・・って、なに、それ?」

 今にもカオルに向けて飛びかかろうとしていた香奈が、カオルの手元にある用紙を見つけて言った。

「見学要請書でしょ?」

「ん~。それは見れば分かるけどさ。なんで2枚組になってるのかと思って。要請書って、たしか一枚紙だよね?」

「へ?」

 言われて、真紀は慌ててカオルの手に持たれている紙を見た。

 たしかに、よく見れば、『見学要請書』と書かれた紙に重なるように、下に別の紙がある。

「カオル。ちょっとそれ寄越しなさい」

「断わる。俺は今すぐこれを担当教諭の元へ届けねばならんからな」

「あんた・・・まさか・・・」

「カーボン紙というのも、意外と手に入り難いものだからな。今奪還されては面倒だ」

「やっぱり! あ、こら、ちょっと、待ちなさい!」

 飄々とした動作で真紀の静止の手を避けながら、部室を出て行くカオルと、それを必死に追う真紀。

 後に残されたのは、状況把握の出来てない渚と、知った風な顔でその隣に立つ祐介と、含み笑いを噛み殺している香奈の三人だけ。

「えっ・・・と?」

「なんだ、お前気づいてなかったのか? オレは渡された瞬間に気が付いたぜ?」

「にゃはは。渚くん、ぶちょーにしてやられたね」

「はっ?」

「察しが悪ぃな。渚、さっき渡されたあの紙な、下にもう一つ別の紙があって、上の紙に書いた内容がそのまま下の紙に写るようになってたんだよ。宅配便の紙とかによくあんだろ?」

「え?」

「おおかた、下にあった紙は入部申込書じゃねえか?」

「はっ!? ちょ、ちょっと待てよ。なんだよ、それ。どういうことだよ!?」

「だーかーら、嵌められたんだっての。今ごろもう先生に提出されてんじゃねえか? 副部長さんがあの部長を止めれるとも思えねえしな」

「うん。ぶちょーが本気で逃げたら、いくら真紀ちゃんでも捕まえるのは無理だよ?」

「い、いや、仮にそうだとしてもさ。こんなの、言えば辞められるだろ? ありえないって、こんなやり方で入部させられるなんて」

「辞めるのは確かに簡単だろうけどよ。部活に入ってすぐ辞めるって、たしか結構内申に響くんじゃなかったか?」

「ん~、たしか、一年以内に辞めたらだったと思うけど?」

「渚、お前たしか進学組だろ?」

「そうだけど・・・」

「ま、運が無かったと思って諦めるんだな。心配しなくても、ここは居心地良さそうだぜ?」

「新入生が入部したんだから、お祝いのパーティー開かなきゃだよね?」

「おう、もちろん。盛大に祝ってくれよ」

「おっけー。まっかせといて」

「・・・・・・」

 明るい会話を繰り広げる祐介と香奈の横で、今にも倒れそうな渚が、一言だけ呟いた。

「・・・何かの間違いだって、絶対」

 残念ながら、渚がその呟きを口から発する頃には、二人の入部申込書はカオルの手によって担当教諭の手に渡ってしまっていた・・・。


 これが、渚少年の身に降りかかった大いなる災厄―――ある意味では幸福―――である。

 意図せず、希望もせず、渚は、ネイチャー・ラヴァー・クラブの一員となった。

 これからの学校生活は、果たしていかなるものになることやら。

 せめて、楽しいものにならんことを祈るばかりである。



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